思想地図vol.3刊行記念トークイベント
「設計/デザインを考える」
濱野智史+藤村龍至
@青山ブックセンター
もはや懐かしくすら思える藤村さんによる超線形プロセス課題を終え、早くも1ヶ月が経とうとしているところですが(まずその課題を終えての話をしたかったけれどそれは置いておいて・・)藤村さんは休む間もなく批判的工学者として活発に活動を行っていて、ただ課題をやるだけでなく、もっと建築について考えていなければならないと思う今日この頃のボクはエスキス前日というタイトなスケジュールの中でも行ってきました。
設計/デザインを考える
という訳でレビューいきます。
まず思想地図の刊行記念という前提があってのトークイベントであり、
いわゆる建築系と思想地図系(?)の2つの立場に参加者は分かれるだろう
最近の建築系の人間はビジュアルとマニュアルに分類される書籍しか読まず、深層について考えている人は少ないと述べた上で、建築系の人は表層で質問をするからまずメモを取りましょうと提案し、笑いを取りつつトークイベントのベクトルを定めた。(藤村さんらしいw)
話はまず藤村さんによるプレゼンテーションから始まる。
いつものようにBuilding KやUtsuwaを例に超線形設計プロセスを説明し、いつものようにBuilding Kの隣にある片廊下、いわゆるようかん型の住居との違いを、同じ期間、同じコストで設計してもこれだけコンテクストを読み取り、また社会に対して呼びかけることができるのだと語り、話は教育への応用に移る。
首都大の講義も例にあげられ、超線形プロセスで設計をすれば、屋根がかかってない、開口部がめちゃくちゃ、構造が・・なんてことは起きずに、落ちこぼれを出さずに設計ができるという説明で閉めて、濱野さんとのトークへ。
トークではまず濱野さんが考える藤村さんの批判的工学主義の可能性について、経営情報学者としての立場から語ることから広がっていく。(濱野さんは経営情報学、いわゆるWebだとかの専門らしい。)
・・全体的にケンチクの話だけでなく、社会学だとか都市だとかそーいった話だったので難しかった。
建築系の学生がビジュアルやマニュアルに走るのはわかるなーと思いつつも、それではロバートベンチュリーじゃないが、表層建築家になりうる気もするので、必死でノートを取り続ける。笑
とまぁ話を戻して、濱野さんはまず社会における藤村さんに対するイメージ、意見を「藤村さんの唱える批判的工学主義は面白い。けれど超線形設計プロセスはちょっと..。Building Kもかっこ悪い..。」とまとめた。
また批判的工学主義は工学的に、それこそハウスメーカーのように量産されていく住宅を批判し、だからといってアーティストのような建築はよくない、それらを乗り越える第三のスタンスを提唱していて、そのための方法論を開いている。普通ならば方法論というものは閉じているのだと。
普通に考えたら、東京ミッドタウンのように大手組織設計事務所がコアアーキテクトとして設計をし、小さい店舗などのミクロ部分をアトリエ設計事務所が設計するという2層構造は固有性よりも効率性を優先する現代においては必然的であり、確かにそうなってしまうのにもかかわらず2項対立のどちらかにつくのではなく第三のスタンスを提唱できるというのはすごいことだとも言っていた。
藤村さんの提唱する理論に関連した話で、仙台メディアテークのコンペの話が面白いと思った。
1等をとった伊藤豊雄さんの案は"原っぱ"のような無限定な建築の提案で、いわゆる"ランドマーク型"。
これらは石上純也さんや、藤本壮介さんなどに受け継がれている。
2等をとった古谷誠章さんの案は"アーキテクチャ型"で、人の動線だとかをコントロールし、本の検索はwebに頼ればよいというもの。
このときは伊藤豊雄さんの案が1等をとり、そのせいで"原っぱ"のような建築が世の中に繁栄してしまったと言っていて、古谷さんの案を見たことはないので見てみたいと思ったが、現代の建築の傾向の根源がこんなところにあったとは面白いなと感じた。
ここまでで共感したのはBuilding K問題についてw
いつも自分が考えているのは、建築は建築家のためにあるのではなくて、社会だとか、一般人のためにあるということ。
これは絶対忘れてはいけなくて、かつ一般人に建築を理解してもらえるのは、空間だとか、ファサードだとか表層的な部分だと思う。要するに表層ありきの深層、プロポーションありきの建築であるべきだと思う。
そういった意味で藤村さんのBuilding Kがかっこ悪いと言われてしまうのは良い傾向ではないのでは。
自分はまだ見に行っていないのだけれど、有無を言わさぬ良い空間、良いプロポーションの建築を、濃密に作ることができたら藤村さんはより支持をされるのだと思う。少なくとも建築系の人間が思想派について理解できないのはこのへんにあるのでは。
(偉そうに言いすぎだとは思うが..w)
あとはこれは建築から少しずれた話題であるのかもしれないが、なぜ日本は自動車産業が強く、アメリカはパソコン産業が強いのかという話題がとても興味深いものであったと思う。
逆に日本はパソコン産業はあまり発展していなくて、アメリカは自動車産業は弱い。
それはいわゆる国民性が影響していて、自動車とパソコンの形態の違いという点にあって、
パソコン=モジュール
自動車=インテグラル
だと言える。
簡単に言うと、自動車はエンジンだけ進化しても、車体が耐えられなくなってしまい、統合的に設計を進めていかなければならなく、パソコンは各部品が勝手に進化していっても、例えばCPUだとかが進化したらしただけ、パソコン自体の性能に反映されるということである。
これらは国による企業間の関係性の縮図でもあり、日本の企業は企業同士の結び付きが強く、仲が良いので統合的な設計に向いていて、アメリカは企業間の関係は比較的淡白なので、CPUだけどんどん進化するなんてことが起きやすい。
このことは日本の建築2層構造ともつながっている。
また濱野さんが経営情報学の専門ということもあり、また批判的工学主義というのは建築の中のカテゴリーでなく、工学だとか社会学だとかと同じレベルのカテゴリーであるということもあり、話題はwebだとか政治だとかの話へと結びついていた。
設計を政治に結び付けるのにはどうするのか?
建築は模型へ
ならば年金制度は?
という話題では、オランダがある問題により豚を輸入できなくなったとき(オランダはブタを多く消費している?)、どうすればよいのかという提案でMVRDVは積層する養豚場をビジュアル化して提示した。(これは皮肉的な意味なのだと自分は理解した)
建築によってビジュアリゼーションすることで、政治を手助けしていく。
建築とは意思決定の手段で、それはいわゆる政治そのものなのだと。
都市における問題を建築によって視覚化するということはとても有効で、・・視覚化の重要性は超線形設計プロセスでも実感した・・、そういった新たな建築の可能性を探っている藤村さんのエネルギーはすごいと感じた。
藤村さんはすでに建築の中に新たな旋風を巻き起こして、それらが形になる近未来が楽しみだと思う。
また現代において人間をアルゴリズム的に動かすということが大きなエネルギーとなっている。
藤村さんの方法論も1ステップ毎に模型を作らせることで人間を機械的に動かしているし、web上ではwikipediaなども一人一人をシステムが動かすことで、今や世界最大の百科事典となっている。
こういった人を動かせるエネルギーのようなもの。
これからはそういったミクロでなくとてつもなくマクロなシステムが世界を動かしていくのかと考えさせられるトークイベントだったと思います。